画像:新型コロナウイルスワクチン・治療薬開発

Present of the University滋賀医科大学の今

#03

研究

新型コロナウイルスワクチン・治療薬開発

伊藤 靖 ITOH Yasushi

教授/病理学講座(疾患制御病態学部門)

北川 善紀 KITAGAWA Yoshinori

学内講師/病理学講座(微生物感染症学部門)

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的な大流行に対応するため、世界中の研究機関や製薬会社が治療薬や新たなワクチン開発に取り組んでいます。
 滋賀医科大学でも病理学講座(疾患制御病態学部門)の伊藤靖教授のグループを中心に、さまざまな研究が進められています。これまでの主な研究について伊藤教授と、微生物感染症学部門の北川善紀講師にお話をうかがいました。

新型コロナウイルス感染症モデルサルの作成について

 滋賀医科大学の動物生命科学研究センターでは約600頭のカニクイザルを飼育しています。ヒトに近い霊長類モデルは人の病態と類似する点が多く、これまでもインフルエンザのワクチンや治療薬の有効性についてカニクイザルを用いて検証してきました。
 2009年にはカニクイザルを用いて、世界的に流行したH1N1インフルエンザウイルスの病原性解析を世界に先駆けて行いました。

 国立感染症研究所から分与された新型コロナウイルスを使って、新型コロナウイルス感染症モデルサルの作成に取り組んだところ、2020年7月にヒトと同じようにカニクイザルが感染し、39度台の発熱と肺炎が発症したことを確認しました。サルに新型コロナウイルスが感染することについての報告は国内初で、私たちはこうしたサルの肺炎画像診断、病理診断、免疫反応の測定、ウイルス量の測定、ウイルス遺伝子解析などを行っています。

 

新型コロナウイルスを感染させたサル

滋賀医科大学の動物実験等について

 滋賀医科大学では動物実験等の実施に当たって、動物愛護法および飼養保管基準に則り、動物実験等の原則である代替法の利用、使用数の削減、苦痛の軽減の3R(Replacement、Reduction、Refinement)に基づき、適正に実施することを規定に定めています。
 動物実験委員会の審査・承認を受けて実施するほか、全国に先駆けて動物実験認定制度を導入、講習会の受講・実習を経て認定試験に合格しないと実験が行えないライセンス制度になっています。

 

ワクシニアウイルスベクターを用いた新型コロナウイルスワクチンの開発

 現在、広く普及しているファイザー社やモデルナ社のワクチンはmRNA(メッセンジャーRNA)ワクチンと呼ばれるもので、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質(ウイルスがヒトの細胞へ侵入するために必要なタンパク質)の設計図となるmRNAを脂質の膜に包んだワクチンです。

 一方ウイルスベクターワクチンは、ベクター(運び手)となる人体に無害なウイルスに抗原タンパク質の遺伝子を組み込んで投与するものです。

 「組換えワクシニアウイルスベクターワクチン」は、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質のアミノ酸配列をコードする遺伝子を、ワクシニアウイルスDIs株(接種しても増殖しないよう弱毒化した天然痘ワクチン)に組み入れたワクチンです。
 このワクチンを接種して、遺伝子がヒトの細胞内に取り込まれると、遺伝子を基に新型コロナウイルスのスパイクタンパク質が作られます。免疫がこのタンパク質に反応し、細胞内への侵入を防ぐ中和抗体が作られ、さらに、体内の異物排除を担う細胞性免疫が活性化されます。

画像:「mRNAワクチン」・「組換えワクシニアウイルスベクターワクチン」の仕組み

 2020年、公益財団法人東京都医学総合研究所の小原道法特任研究員、安井文彦チームリーダーとの共同研究で、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の「組換えワクシニアウイルスベクターワクチン」を作出しました。
 2020年9月から、私たちはこのワクチンをカニクイザルに接種して発症予防効果の評価を行ってきました。
 第1段階としては、東京都医学総合研究所においてマウスにワクチンを接種した上での感染防御試験が行われました。「組換えワクシニアウイルスベクターワクチン」を接種したマウスは、新型コロナウイルスを感染させても100%の生存率で、ワクチンが有効であることが確認されました。
 第2段階として、本学のカニクイザルを用いて評価を行ったところ、ワクチンを接種したカニクイザルは新型コロナウイルスに感染しても、肺内の新型コロナウイルスの増殖が5万分の1以下に抑制され、肺炎の発症もほとんど見られませんでした。また、ワクチンによる重篤な副作用も認められなかったことから、「組換えワクシニアウイルスベクターワクチン」が中和抗体と細胞性免疫を誘導する強い効果をもつ安全なワクチンとなり得ることが示されました。

 

 新型コロナウイルスに感染して回復した人の約30%では再感染リスクが懸念されます。一度感染した人でも、短期間のうちに免疫が低下してしまうことを考えると、強力に免疫を誘導し、その免疫を長期間維持できるワクチンの開発が必要になります。さらに、今後継続的に新型コロナウイルスが蔓延し続ける可能性を考えると、変異型にも対応できる交差反応性(先に獲得した免疫が変異したウイルス抗原にも働く)を持つワクチンの開発が急がれます。

 ワクシニアウイルスベクターワクチンは付与された免疫が長期にわたって持続することも特徴のひとつで、それに加えて抗原の変異にも対応可能な幅広い交差反応性を持つ免疫の誘導が期待できます。また、温度安定性が高く保存および輸送時の温度が冷蔵あるいは室温でも問題ないという利点もあります。さらに、免疫原性(免疫反応を引き起こす能力)が強く終生免疫を誘導することが期待できます。

 今後はワクチン開発の取り組みを加速させ、一日も早い実用化に向けて、東京都医学総合研究所、滋賀医科大学、ノーベルファーマ社との共同で開発に取り組んでいく予定です。

画像:伊藤教授

 

新型コロナウイルスに対する中和抗体薬の有効性を確認

 ウイルスに感染すると、体内で抗体と呼ばれる防御因子が作られます。抗体の中でもウイルスの活性に重要な部位に結合してウイルスの感染を阻害する抗体は「中和抗体」と呼ばれます。新型コロナウイルス感染症の治療薬として、アメリカではいち早く「中和抗体製剤」が開発されて患者への投与が行われ、ウイルス量の減少や重症化予防効果が示されつつあります。

 私たちは、慶應義塾大学医学部の竹下勝助教と竹内勤教授、佐谷秀行教授、理化学研究所、国立感染症研究所との共同研究により、新型コロナウイルス感染症の回復患者の血液中の中和抗体を詳細に解析して、その中から治療薬として応用可能な高い中和能を持つ抗体を複数取得することに成功しました。実際に新型コロナウイルスを感染させたカニクイザルにこの中和抗体を投与すると、ウイルスの複製を抑制し、治療薬として働くことを確認しました。

 今後は、製薬会社との共同研究により、国産の治療薬として早期の実用化を目指します。

画像:北川講師

 

感染症に対する本学の今後の取り組みについて

 2002年に発生したSARS(サーズ:重症急性呼吸器症候群)や、2012年以来発生が続いているMERS(マーズ:中東呼吸器症候群)、2009年に世界的に流行した新型インフルエンザ(パンデミックH1N1インフルエンザ)など、新たな感染症だけでなく、過去に流行した感染症が再び流行する再興感染症が問題となっています。

 感染症の脅威に備えるため、本学ではさまざまな取り組みを進めています。その一つとして同時に複数の感染実験が行えるよう、動物生命科学研究センター内にある感染実験室の整備拡充を進めています。

 また新型コロナウイルスで亡くなられた方の病理解剖については、これまでは受け入れていませんでしたが、安全に解剖を行えるよう、解剖センター病理解剖室に空気の流れを制御し、病原体の拡散を防止する「ラミナーフロー」を装備した病理解剖台を導入することになりました。これにより亡くなられた患者さんの病態を解明し、採取したウイルスを使ってさまざまな研究を発展させていくことが可能となります。

 さらに、大学院に「感染症学総論」を新設したほか、看護学科でも今年度から感染防御の知識と技能を持った看護職を養成する「地域の看護職リーダー養成プログラム」を立ち上げました。今後は、感染症の治療や研究を行う人材の育成にも力を入れて取り組んでいく予定です。

 昨年来、新型コロナウイルス感染症に関するさまざまな情報が発信されていますが、誤った情報に惑わされないためにも情報源の見極めが大切になります。病理学講座疾患制御病態学部門では、ホームページなどを通して感染症に関する正しい情報をできるだけわかりやすく発信していきたいと考えています。

動物生命科学研究センター

 

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